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住まいの変遷? その1  工務店の工場の南が住宅

以前新建京都支部に住まいの返還の記事を書きました。
その一部をご紹介します。


今回は、小学校1年までです。今から半世紀ほど前ですね。
私の通った保育園は、法金剛院の横 双丘保育園 集団登園でした。
そして、安井幼稚園 安井小学校と通いました。
小学校は、1学年で、7クラスぐらいあったと思う。
場所は、右京区太秦 兄弟3人+両親+父の弟 計6人で、住んでいた。
三軒長屋の一番西で、裏が父の会社の工場で、住み込みの人が、工場の上に住んでいた。
工場には、東側の通路から入り、その通路で、年末には、みんなで餅つきをしていた。
裏の工場と、長屋の間で、ウサギやザリガニなどを買っていたが、
ある日突然、いなくなった。イタチにやられたらしい。
他でよく覚えていること

①少し西南に行くと、蚕ノ社があり、そこで、するめを餌に、ザリガニを捕まえたら、「コラー」という大きな声をかけられたので、慌てて逃げた。今から思うと、有名な三本鳥居の御手洗池だとおもう。
② 双ヶ岡にも上った 柵があって入っては、いけないところだとおもう。ここでも、「コラー」という大きな声をかけられたので、慌てて逃げた。今から思うと、貴重な体験です。
③御所の南におじいさんは、住んでいて 安井から、自転車で、一人で、遊びに行った びっくりされた。
このころこの太秦安井このあたりは、畑がどんどん家に代わっていったころだと思います。
家の間取りは、あまり覚えていないです。
主寝室が、隣に食い込んでいた。だいたいです。
 庭はありません。














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